始まりました!

いっせい選挙が始まりました!

県議必勝「ガンバロー!」
松本としひろさん、元気に出発されました!

松本さんには、頑張って何が何でも当選いただきたい!!

あいにく今回の選挙、とても雨の日が多いようです。
雨にも負けず、風にも負けず選挙活動されております。

今日は、ごとう勇樹は松本としひろさんの運転手で、頑張っております!

幼少期から高校時代

1964年(昭和39年)5月1日、灘神戸生協に努める父と専業主婦の母の間に長男として生まれました。後に生まれる4歳下の妹との二人兄妹です。当時の父は仕事の関係で単身赴任しており、週に1日、それも平日しか帰宅しませんでしたが、母の末の弟が私の家に居候しており、母方の祖母も私の家で一緒に暮らしてくれていましたので、寂しさを感じることはありませんでした。

大の酒好きだった父は、自宅で過ごすわずかな時間も飲んで暴れ、家族に暴言を吐いたり、暴力をふるいました。祖母が他界し叔父も独立した、私が小学3年生の時、父は酒のために職場を追われ、仕方なく自営で店を始めましたが、それでもやはり月に1~2日しか家に帰って来ず、母子3人の生活が続きました。私が中学生になったころからは、父は家庭にお金もほとんどいれなくなり、私は中学入学と同時に新聞配達を始めました。

酒癖が日増しにひどくなっていく父から家庭を守るため、高校1年の夏、母は離婚を決断し、本当の意味での母子家庭となりました。母はパートに出るようになりましたが、腎盂腎炎を患う妹についていなければならない日も多く、お給料は月に10万円もありませんでした。私は高校に入学してからも新聞配達を続けていましたが、それを足しても我が家の生活は苦しく、春休みや夏休みには酒販会社のトラックに乗せてもらって近隣の酒屋さんに重いビール等を何百ケースも配達するバイトをして家計の足しにしました。

高校3年生になったころ、近所の同じような境遇のお母さんから母子家庭は補助や控除が受けられることを教えてもらい、母は、初めてその手続きをしました。なんと、補助や控除は、こちらから申請しない限り、行政の側からは教えてももらえなかったのです。